from Press コラム

2007.11.29
TOMORROWLAND meets 28Vingt-huit
「28Vingt-huit」デザイナー宮崎 滋史氏
表参道にあるショップ兼工房。白と黒を基調としたシャープな空間の中でデザイナー自ら1つ1つ丁寧に作品を仕上げていきます。
理科実験!?歯医者さん!?を想像させるような工具の数々。
「マン・レイ」の作品集。宮崎氏が愛してやまないアメリカを代表する画家・彫刻家・写真家。
どこにいても肌身離さず持ち歩いているスケッチブック。ここから新作が次々と生まれます。
インタビュー中、突然ゴールドを溶かしだした宮崎氏。さて何ができるのか?
バーナーで溶かしボール状になったゴールドをたたき、彫りをいれていきます。
ものの数分で金属片がペンダントヘッドに。命が吹き込まれる瞬間を見ました。まさに匠の技。
こうして作られた作品の数々がショップに並びます。トゥモローランド 渋谷店にて。
TOMORROWLAND meets 28Vingt-huit

ニットメーカーからスタートし「モノづくり」にこだわるトゥモローランド。国内外からセレクトするインポートアイテムも職人技光るこだわりのアイテムが揃います。

そんなトゥモローランドで現在展開中のジュエリーブランド「28Vingt-huit(ヴァン ユィット)」のデザイナー宮崎 滋史氏に今回お話を伺ってきました。


杉山(以下S):早速ですが、ジュエリーデザイナーになったきっかけを教えてください。

宮崎氏(以下M):大学卒業後商社に勤め、大手メゾンブランドを相手にヨーロッパ中を飛び回っていました。そんな中、素晴らしい洋服に触れ合うもそれに合う大人のジュエリーの無さに疑問を覚え、それなら自分で作っちゃおう!というのきっかけです。そこから独学で彫金を学び今に至ります。

S:独学!?ってすごいですね。洋服とジュエリーはもちろん切っても切り放せない存在ですが、背景はもちろん技術的にも全く違いますよね?

M:たまたま家族に彫金やアクセサリーを作る者がいて良い影響と刺激を受けました。

S:理解のあるご家族の存在は大きいですね。影響を受けたといえば作品作りにおいてソースとなるような人やモノは他にもありますか?

M:学生時代から美術館通いの日々でした。昔から絵を描くのが好きで。影響を受けたのは、マルセル・デュシャンやアンディー・ウォーホール、ジャコメッティー。あげたらきりが無いですね。でも最も影響を受けるのは日常にある光景が一番多いかも。
パリの蚤の市の賑やかな光景とそこにあるモノ(古びた鍵やコイン)、野原に置きっぱなしの錆びた機械。岩場に生えている苔。街を歩いていると突然現われる旧い建物。そんな光景全てが僕のイマジネーションを掻き立ててくれるんですよね。

S:そういう日常に落ちている当たり前のヒントってなかなか気付けなくて。最近だと葉の赤とか空の青とか。ただ歩いているだけじゃもったいないですね(笑)ところで宮崎さんの休日の過ごし方は?

M:仕事とプライベートの切り換えはないです。家にいても電車に乗っていてもひらめきさえすればすぐデッサンします。あっでも、車と旅は大好きかな。

S:最後になりますが宮崎さんにとって「モノづくり」とは何ですか?

M:まずは「現在」「過去」「未来」を通して、自分自身の表現の場。そして僕が作ったジュエリーを付けて貰うこと、買ってもらうことで、楽しい気持ちになって欲しい。人を「楽しませたい。喜ばせたい。」ただそれだけかな。

S:私たちも日常のほんの一瞬でもトゥモローランドのウエアを着ることで楽しくなったり、リラックスしたり、心地良さを感じていただきたい。ただそれだけなんですよね。引き続き「楽しい」アイテムをご一緒に提案していきましょう。今日は貴重なお話をありがとうございました。

28Vingt-huitはこれからのギフトシーズンに向けて大切な人や自分へのギフトにオススメです。

28Vingt-huit(ヴァン ユィット)
ファッション感覚の研ぎ澄まされた大人が似合うジュエリーをコンセプトに構築的な美しいフォルムと洗練された荒削り感を融合したアイテムを展開。
完全数である28。完全数とはその数自身を除く正の約数の和がその数自身と等しい自然数のこと。月の公転周期とも関連があると考えられている。

宮崎 滋史
[プロフィール]
1964年生まれ
埼玉県出身
大学卒業後にアパレル商社勤務
2003年独立し株式会社euro flatを設立
2004年レディースのセレクトショップeuro flatを表参道にオープン
同年10月にジュエリーブランド28vingt-huitを立ち上げる
ファッション業界の仕事に携りながら創作活動を行う